メコンデルタの旅は、ゆったりと慌ただしい。車は国道を飛ばしたり、河を渡るフェリーに乗り込んだりの繰り返しだ。
フェリーに乗る順番をめぐり、運転手どうしで一悶着起きる。けれども船に乗り込んでしまえば、河口に近付いた大河を見つめるよりほかない。
手漕ぎのボートが大河を渡ろうとしている。ゆっくりとした、それでいて誰にも止められないメコンの流れの雄大さに、気が遠くなった。
小舟に乗って林へ分け入る。気絶しそうな迫力で流れていたメコンの水も、ここでは静かに、少しずつ動いているだけだ。
向こうからもたくさん小舟がやってくる。水路は狭いから、船縁がぶつかってしまうこともある。林中に響く盛大な音を立てて、船はすれ違う。
南の国らしい緑の中では、小競り合いが起きることもない。こっちを見てゆくひとびとの顔も柔らかだ。
メコンの水は赤茶けた、生々しい色をしている。しかし、その生々しい水が、この林を育んでいる。
大河が運んでくるめぐみで、メコンデルタは賑やかだ。小舟の上でだらしなく寝そべりながら、空や緑を眺めて過ごす。
いきなり視界に飛び込んできた、黄色とも、緑ともつかない色の塊にぎょっとする。ジャックフルーツだ。
日曜大工で拵えたような桟橋で船を降りて、陸へ上がる。周りには何もなさそうだった。しかし、遠くで人の声がする。
木々の間から突然、この子たちは現れた。なんだかこの世の光景ではないような気がして、耳たぶをつねってみる。
エンジンの音が聞こえた。林に遮られているが、すぐ近くを流れる水路には、頻繁に船が行き交う。