ひとことば

かばん

旅に出る前の日、ガイドブックに書かれているものを片っ端からかばんに詰め込んでみる。それでも不安で、かばんを開けてもう一度詰め直してみたりするものだ。そのうち空が明るくなってきて、タイムアウト。はじまりはいつもこうだ。

旅慣れるにつれ、荷物が少なくなっていく人は多い。かくいう私も、荷物の少なさを旅慣れていることの証と思いこみ、粋がっていた時期があった。ところがである、一度は片手でさっと持ち上げられるようになったかばんは、再び成長しはじめ、今では飛行機のチェックインでハラハラすることがしばしば。航空券は安くなったが、超過荷物料金はとんでもなく高い。カウンターの秤にかばんを置くときには、そーっと、そして、さりげなく添えた手を、涼しい顔をしながら重力とは逆方向に動かす。

着替えを3組と洗剤。誰かにご招待にあずかったとき用のジャケット。いつもの耳掻きと爪切り。これがないとどうも不快だ。そして、怪しくなりつつある髪の毛のことを思い、植物性のシャンプーをひと瓶。重い。

コンベアの上を、色とりどりの旅行者のかばんが回る。荷物を待つ顔ぶれは、日本からそんなに変わっていない。ひとり、またひとりと、自分の荷物をひろいあげ、旅をはじめる。全部の荷物を機内に持ち込んでしまい、とっくに税関の列にならんでいる剛の者もいる。使い込んだ黒いかばんが、斜めになって近づいてくるときほど、「かっこわるい」瞬間はない。カートにはすでに免税品の山、「あの人どうするの?」という視線が痛い。

20キロの制限いっぱいにふくれ上がっていたかばん。経由地の免税店で仕込んだおみやげ物で、空港を出るころにはさらに風格を増す。

軽いかばんで旅行をしたい。けれども、カバンの重さと引き替えに手に入れられるものは、なかなかあきらめられそうにない。