ひとことば

イスタンブル行きの窓から身を乗り出す

近くて遠い国行き

ギリシャは「禿げ山」で有名な土地だ。表土を失った殺風景な山から続く大地を、東へ進む。

イスタンブル行きの列車は国境が近づくにつれ、乗客もまばらになってゆく。国境をまたぐ人の行き来は少なくて、線路の手入れもどんどん悪くなる。景気よく揺れる列車が、となりの国をいっそう遠くする。

めぼしい景色は空だけで、ほかには何もない。けれども、空はとびきりだ。


列車を待つ人々

「近くて遠い」となりの国が示すのは、悪いことばかりではない。なぜなら、さまざまな文化が生き生きと灰汁の強い自己主張をしていることの証左でもあるからだ。

もしも「近くて近い」のなら、別々の国である必要がなくなる。似たり寄ったりでつまらない国ばかりの、恐ろしい世界はいやだ。

反対側のホームには、もうすぐテッサロニキ行きがくる。アテネ行きに接続している列車だ。この国の重心を指し示すように、大勢の人々が待っている。


開け放った窓から旅が入ってくる

テッサロニキから東のギリシャは、気の毒になるほど影が薄い。観光パンフレットでも、この地域の紹介はしばしば端折られる。

紺碧のエーゲ海リゾートや荘厳な遺跡はないけれど、ここもギリシャだ。観光地ずれしていない人々の物腰は、心なしか穏やかに見える。

みんなが待っていたテッサロニキ行きが来た。こちらも、あちらも、ポンコツの客車だ。南欧らしいあっけらかんとした夕陽が差し込んで、少しだけ哀愁の漂う旅が出発してゆく。


乗務員たち

あと少しでアレクサンドロポリスに着く。街らしい街はこれで最後だ。

人なつこい列車のクルーも、大半はここで降りてしまう。ビールを買えるビュッフェはそろそろ店じまいだ。

列車はほとんど無人になった。となりの国との間には、本物のミッドナイト・エクスプレスが走っていた国境地帯が横たわっている。