城から街を見渡す
カイロ城から街を眺める。100年単位で変わらずにいる時間と、今の時間が、一緒に流れている。
過去しかない街や、今しかない街はつまらない。時間がたくさん流れている街は、滞在すればするほど、ひとに会えたり、知らない臭いをかいだり、腹が立ったり、たくさんの味があることに気が付く。
カイロの街の向こうには、1000年単位の時間もかすかに流れている。
ムハンマド・アリ・モスク
モスクに入って、絨毯に腰を下ろす。イスラム教徒ではない外国人が中に入れる時間には、本当のモスクは見えないのかもしれない。
けれどもモスクが建てられたときから、カイロへやってきた旅人はこうしてドームを見上げてきたはずだ。
ひっきりなしにやってくるツアー客が、ふと途切れる瞬間がある。今の時間がさっと小さくしぼんで、絨毯に染みついた旅人たちの臭いと、ずっと昔からドームの中を漂っている空気が、ひそひそと話しをはじめる。
カイロ城
城のある丘を散歩するうち、陽が傾いてきた。光と影が、いろんな角度の線を作って踊りはじめる。アーチの中の石材には、一日のうちこのわずかな瞬間しか光を受けないものもある。
主役になる時間も、刻々と変わってゆく。18世紀や19世紀にカラーフィルムがあったなら、きっと同じ写真が撮れたことだろう。
ガードマンが居眠りをしている。たいていの人は、気付かずに前を通り過ぎてゆく。起こしてやらないと、時間に連れ去られてしまいそうだ。
突然、近衛兵の馬が横切る。口を開けた観光客の目が追いかける。
今の時間も流れているカイロは、静かな街ではない。むしろ、いやになるほど喧しくて、耳をふさぎたいことも多い。それでも蹄の音は、あたりの時間をすっぱりと切り裂いた。
馬が駆けていったあとに、幅1メートルばかりの帯が残った。帯のまわりには、今とは違う時間がふわふわとしていた。