ひとことば

露天の店で朝食を済ませ、茶を楽しむ老人たち。

上海を通り過ぎた夏

上海ははじめて歩いた外国の街だ。1980年代の終わりから1990年代のはじめにかけて、三度上海を訪れた。

そのころには誰も想像しなかったような早さで、この街は変わった。20世紀の上海を記録に留めておこうと思う。

荒んだ時代の終わりが確実になり、庶民も気兼ねなく茶を飲むようになった。人々の手首には、腕時計の金属色が目立ってきたころだ。


体重、身長を計測する機械の前に並ぶ人々。

電化製品や機械に、みんな飢えていた。身長や体重を計測してくれる機械に、人々が集まる。

「電脳測」-コンピュータ測定-の文字が、誇らしげに書かれている。身長や体重ぐらい、「電脳」の助けを借りなくてもわかりそうなものだ。しかしここでは、電脳によってデジタル表示されることに意味がある。

夏に限れば、服装も華やかになった。モノクロ写真で間に合った人民服とシャツだけの時代は終りが近付いてきた。


コカコーラやスプライトのスタンドに列を作る人々。

「可口可楽」のあて字をされたコカコーラの看板は珍しくなくなった。西側ブランドのあて字が、次々と編み出されてゆく。

なかでも「雪碧」-スプライト-は、数あるあて字の中でも白眉のセンスだ。暑さの厳しい夏の上海で、漢字を理解できる人々を引きつける。

この数年前まで、ホテル以外で冷たい飲み物を飲むことは、ほとんど不可能だった。ちっちゃな紙コップ1杯で1元もする「可口可楽」や「雪碧」を口にするたび、必ずといって良いほど看板に併記された「美国」-アメリカ-の文字が、上海人の目に留まったはずだ。


暑い夏の夜、狭いアパートを抜け出し、歩道に並べた椅子で涼を求める。

口にするものも、身にまとう服も、この数年ですっかり替わった。しかし、どんなに「美国」製品を取り入れたところで、狭いアパートの部屋は容易に広がらない。

夏の夜はアパートの部屋よりも、通りで夜風に吹かれる方がよほど過ごしやすい。椅子を持ち出して近所の仲間とトランプに興じたり、夕食後のうたた寝を楽しんだり、上海の夏の夜は変わっていなかった。

「夏は冷たいビールがおいしいよ」と勧められるまま、昔ながらの「ぬるい瓶ビール」をご馳走になる。クーラーの付いたホテルに泊まっているなんて、とても言えなかった。